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10月のZoomレメディ研究部 活動報告 ビーチ

ビーチ
ビーチ2

夏でもひんやりと湿った薄暗いブナの森。
今は葉が落ちはじめて陽光が差し込み、落ち葉をカサカサ踏み分けて入っていくと灰白色の樹皮が明るく輝き、隙間の空いた天井からは青空がのぞく明るい秋の森へと変わっています。

前回ビーチを取り上げたのは2017年の1月でした(アーカイブをご覧ください)。身近な人々や、社会の状況を批判したくなるビーチがマイナスに傾くことについて、そういう自分について話を重ねましたが、38種のレメディを一巡して再び巡ってきたビーチを目の前にして、批判したくなる相手や状況を一旦自分と切り離して、その人は違う価値観に基づいて懸命に生きているだけなのだと受け容れられるようになっている自分に気づきました。
また、レメディ研究部の日が近づくにつれ、ビーチを心身に感じすぎて体調を崩したり、ビーチのマイナスに陥る事態を引き寄せたりする方が多いです。たくさんの著書や体験をもとに話合うだけではなく、個人にタイムリーに直接的な学びが訪れるのは、きっとレメディとの共振共鳴なのだと思います。なんとも有難いことです。

深いビーチ
ビーチのマイナスに傾いた状態では、自分の価値観をすべてにあてはめて、周りの人たちや状況が受け容れられなくて批判してしまう。常におもしろくない気持ちを抱いて過ごすのもつらいですが、批判されるほうも嫌でしょうから関係性は悪くなりますね。
では批判の矢が自分に向いたらどうなるでしょうか。
人を批判する自分はいけないと自分を責めたり(パイン)、言いたいことを言えなくなったり(セントーリー)、批判するべきではない(ロックウォーター)と思ったり、そうやって我慢を重ねていくうちに怒りを抱いたり(ホリー)、自己憐憫に陥ったり(ウィロー)といった感情が現れます。自分の内にある不寛容な態度を奥深くに抑圧することはとても苦しいことです。

「バッチフラワーエッセンス辞典」p.18に
不寛容な感情を強制的に拒絶する…たとえ感情的な反感に正当な理由があっても――多くの場合、物分かりのよすぎる――寛容な精神を放棄するよりはむしろ、自分に生じた反感を抑圧しようとするでしょう。外側の環境と不和になるよりは、自分自身との不和を選び…良い面だけを見ようとする傾向があるのです。…このような寛容の態度は…内面に巣くっている不寛容の過剰補償を意味し…とあります。

適正な不寛容性や協調性のなさは、自分の好みや価値観、自信を育てる人格の成熟に必要です。
自分の中のしっかりとした許容範囲を認識できる人が寛容な態度を示すのはポジティブなビーチですが、弱くて自信がなく、道徳的な強制から行動している人が物分かりのよすぎる寛容な態度をとると、その人は、正当な反感が湧き出てくる自分に対し、それはいけないことだと抑圧をするという二つの自分が内的に葛藤して非常に苦しむことになります。
不寛容な態度を自分に向けると、自分に攻撃された自分は一体どうしたらいいのでしょう。
これは自己免疫疾患の発症する仕組みに似ていますね。レメディは症状に対して選ぶことはしませんが、アトピーなどのアレルギーをお持ちの相談者さんのお気持ち伺うと、その奥に深いビーチの感情が顔を出すケースは多いようです。
ある症状を持った方のお話を伺うときは、症状にとらわれず広い視野を持って、感情について鋭い視線で掘り下げていくと、共通するものが見えてくる…コンサルテーションによって個別の問題が普遍的な問題へと開かれ、ズームアウトするように高い視座から見た感情に、レメディを提案することができます。コンサルテーションの奥深さ、まなざしの妙をあらためて感じます。

誰もが大切な自分を守ろうとしているだけなのです。
寛容になりすぎた自分も、激しく誰かを批判している自分も、優しく抱きしめて丸ごと受け止めましょう。

雷に吠える犬
BFRP東海の講座で、ペットについてアニマルプラクティショナーの先生のお話を伺った時に、「雷に吠えるワンちゃんにはビーチを飲ませるとよい」とお聞きして、驚いたことがありました。でも、ほんとにぴたりと吠えなくなるのです。
犬はテリトリーの意識を強く持っていますから、そこに得体のしれない大きな音と響きが無断で入り込んでくることに対して、ありえない!と抗議しているのでしょう。とても素直な反応です。
理解できそうにない発言をした人を批判する人、すぐに突っかかってかみつき癖のある人は、雷に吠える犬のようにシンプルな人なのかもしれません。周りの空気が悪くなったり、イライラが募っても、自分のビーチを自覚してレメディを飲めば、それもありかと受け止めたり、相手の立場を思いやったりできるようになるでしょうね。
奥深くに自分を抑圧して屈折した内的なビーチの人も、その人の何がそうさせているかを深く見ていくと、相手に寄り添おうとする、人の幸せについて考えることができる人というところにたどり着くのでしょう。

カテゴリー
葉で覆われたドームの、陽光の差し込まないブナの森ですが、木全体が黄色く見えるほどたわわに実をつけておいしいどんぐりを動物たちに提供し、落ち葉は大地を豊かにし、自らを生きることで周りを生かす豊かなブナは、レメディに姿を変えても「他人の幸せを気にしすぎる」カテゴリーに属します。
このカテゴリーは、「わたし」のほかに誰かがいてくれること、相手との関係性の中で生き、生かされる中で味わう感情であり、外界の出来事に反応して内面に湧き上がる自分についての感情のカテゴリーとは少し違う次元にあるようです。
特に、アグリモニー、セントーリー、ホリー、ウォルナットの「人や周囲に敏感すぎて影響されやすい」カテゴリーといっしょに見ていくと、後者は自分の境界を越えて人が介入するのを許してしまう人。ビーチは境界を越えて相手の中に入っていこうとする人ですが、一人の人の中にも入りこまれそうになる時と入り込みそうになる時、どちらも存在していて、入り込まれないように逆に強く出ようとすることはよくあることです。
境界(バウンダリー)について考えさせられますね。屈折したビーチの適切でない寛容さや協調性は、自分の境界を危うくしてしまうかもしれません。

相手の中に踏み込みそうな時は、「バッチの著作集」p.54に
他人の考えや意見を絶対に批判したり、非難しないこと。人は誰もが神の子であり、一人ひとりが自分らしいやり方で父なる栄光を理解するために努力しているのを決して忘れないこと。と記されていることを思い出してください。自分が神の火花であるように、相手も神の火花でありその人に必要な課題を持って、そのための価値観を作り上げて生きています。一人ひとりみなそうして自分の人生の枝で生きているのです。それぞれが違う自分を生きていて、みなが同じビーチの木である必要はないことを心にとめておきましょう。

ビーチとともに
批判する人の心理には、「正義への過信」「負けず嫌い」「ディベート好き」「ストレスのガス抜き」「ニヒリストへの憧れ」「他人の言動を敵意とみなす」「強烈な劣等感」など、いろいろあります。
そして批判のすべてが悪いものではなく、相手を思っての批判や建設的な批判もあります。批判をするときは感情的にならず、人格を否定しないように気を付けることが大切ですし、批判する前に相手を理解したり、許したりできたらいいですね。

ビーチの人にはビーチで返さないように、感情を一旦置いて客観的に眺めると、ビーチは今の状態のバロメーターになります。どれだけ切羽詰まっているか、余裕があるか、相手を理解するのに役立ちます。
「バッチの花療法」p.58に、
ビーチの性質がプラスに現れている人は、「包容力のある診断家」とでも呼べ、自分の分析力と素晴らしい判断力を本人自身のため、そして世のために建設的に用いることができるのです。とあります。

本来、寛容な人は素直で人を信じたり許したりすることができる人です。
「花と錬金術」p.178にはこう記されています。
他人の誤りを表面的に分析するのではなく、より深い原因にさかのぼって理解すること…相手のことを真に理解できた時、人は心から許すことができるようになります。
わかりあうために話ができるといいですね。言える努力、聞く努力は必要です。

「アメリカインディアンの教え」の中の「子どもたちはこうして生きかたを学びます」という詩の一節に
批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします と書かれています。

ウェイトリーの詩も紹介します

『子どもの話に耳を傾けよう。』

きょう、少し
あなたの子どもが言おうとしていることに耳を傾けよう。

きょう、聞いてあげよう、
あなたがどんなに忙しくても。
さもないと、いつか子どもはあなたの話を聞こうとしなくなる。

子どもの悩みや要求を聞いてあげよう。
どんなに些細な勝利の話も、
どんなにささやかな行いもほめてあげよう。

おしゃべりを我慢して聞き、いっしょに大笑いしてあげよう。
子どもに何があったのか、何を求めているかを見つけてあげよう。

そして言ってあげよう、愛していると。毎晩毎晩。
叱ったあとは必ず抱きしめてやり、
「大丈夫だ」と言ってやろう。

子どもの悪い点ばかりをあげつらっていると、
そうなってほしくないような人間になってしまう。
だが、同じ家族の一員なのが誇らしいと言ってやれば、
子どもは自分を成功者だと思って育つ。

きょう、少し
あなたの子どもが言おうとしていることに耳を傾けよう。
きょう、聞いてあげよう、あなたがどんなに忙しくても。
そうすれば、子どももあなたの話を聞きに戻ってくるだろう。


子育てにかかわらず、人との関係のなかで心にとめておきたいことですね。

ビーチは天体の門である土星の影響を受け、太古の知恵を持って冷たくそびえたつ大聖堂にたとえられます。
一本のビーチの木にも、森にも、ビーチの人にも、自分を制限し閉じ込めてしまうような性質が感じられます。
「フラワーエッセンスヒーリング」p.125には
情報のみがあふれ、本当の知恵を失いかけている現代には、ビーチはとても重要なエッセンスの一つでしょうとあります。
SNSなどで、顔も名前も見えないところからの誹謗中傷が問題化している昨今。情報量だけが増え頭で考えると、視界も狭まり良いか悪いかの判断をしてしまいがちになります。対面して、目を見つめ、相手を思いやり理解し合おうとして口にできる言葉を、顔が見えない世界でも発信できているか、それぞれがもう一度顧みていきたいですね。

「フラワーエッセンスヒーリング」p.124
自らの立場を突き破り、高く広がりのある世界から地上の存在を眺めるような能力が必要です。それは神の視座といえるかもしれません。ビーチが調和した状態になると、目に映る世界の中の不完全さや人間の愚かさの中に、正しい、間違っているという判断を超えて、それぞれの魂がたどるべき学びのプロセスを、見いだせるようになります。

今日はビーチの森のように静かで深い学びの回でした。
新たなるビーチの魅力に出会った二時間でした。
次回は11月17日㈫ クラブアップルの回です。
ビーチ1
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bachmania38

Author:bachmania38
東海地区バッチフラワーレメディのプラクティショナーのコミュニティー「BFRP東海」のちょっとマニアックなブログです。

バッチフラワーレメディやレメディの開発者であるバッチ博士の哲学の研究や研修の報告をはじめ、レメディのもとである植物の詳しい観察記録などを綴っていきます。

公式ブログ「バッチフラワー東海だより」のきょうだいブログです。

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