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レメディ研究部 活動報告 ワイルドオート

ワイルドオート   

ワイルドオート
地面の近くに見られた春の草花が終わりを迎える頃、我先にと背を伸ばす雑草に、イネ科のネズミムギ、ホソムギ、ドクムギなどのドクムギ属やウシノケグサ属のトボシガラ、スズメノチャヒキ属のイヌムギ、ヒゲナガ、スズメノチャヒキなどがあります。公園や河川敷に、どれも茎の先に小穂を持ち、ゆるやかなカーブを描いてしなだれて揺れているこれらは区別がつきませんが、バッチのワイルドオートは2メートルにもなりますから、バッチセンターでは際立って目を引く植物です。茎や葉に細かい毛が生えているのが特徴ですが、日本ではなかなかお目にかかりません。そして、日向を好む種類の中でワイルドオートだけは湿った土の木陰を好むところに、秘密がありそうです。

ワイルドオートのレメディ
家事や仕事に忙しい毎日を送っていると、ある時ふと「私は間違っていないかな」「自分のやっていることは本当の使命なのかな」「ぶれていないかな」と思うことがあり、その答えを聞くようにワイルドオートのレメディを飲みます。すると、「これでいいんだよ」とでも言うように、事がはかどったり、必要な出会いがあったりするように感じます。どのレメディにも、それぞれにふさわしい反応は感じられるものですが、それはレメディの波動による自身の変化が、共鳴したものを引き寄せているという言い方もできますし、この世界は鏡の世界と言いますから、自分が変化すれば見える世界も変わってくるのでしょう。
「フラワーエッセンスヒーリング」 p.98 真の使命とは、社会のある物差しで``これ``と指し示せるものではなく、自分自身の内奥から発掘され磨き出されていくものだと思います。 とあります。 今の自分と、こうありたいというビジョンの仲立ちをレメディがして、そのプロセスを助けてくれるように働くのではないでしょうか。
どのレメディを選べばよいかわからないときに、カタリスト(触媒)としても働いてくれるワイルドオートですが、ゆっくり丁寧に感情を見つめて、数種類のレメディと選んで組み合わせることができたらとてもいいですね。数種類のレメディを和音のように響くハーモニーと例えたり、全体は部分の単なる総和ではないと捉えたり、光の三原色を重ねると白になるようなイメージだったり…
こう考えていくとどんどん思考的になっていきますので、``感じる``、``どう響いてくれるか感じる``ことができたらいい、それだけです。

ワイルドオート(がマイナスに傾いた)のを感じるとき
「自分は何ができるのだろう」「何でもできるじぶんになりたい」と思って、色々な資格試験を受けた経験はありますか?
あれこれ手を出しては最後までやり切れず、7割であきらめてしまうことがしばしばあります。中途半端で揺れてしっかりした軸が持てないときにワイルドオートを飲んで、最後までやり遂げられた体験をしたとき、レメディがそういう状態に連れて行ってくれたのだと感じました。
「バッチの花療法」 p.259に、ワイルドオートのタイプは、いつもゴールを探し求めながら達することができない永遠の学究の徒です。…ずっと続いている思春期と表現することもできるでしょう。頭の中は自分がしたいことや、しなければならないことについての変わった考えや計画でいっぱいです。ワイルドオートは、進路を決定する場合や、特に男性が「中年の危機」に陥った場合の治療にいつも選ばれます。ワイルドオートのタイプは性に関する問題を抱えている場合がときどき見られます。また、このタイプの人は食べ過ぎる傾向もあります。と記されています。
アイデンティティの確立やこれから社会に出ていく自分について考える思春期の時期に、感じやすいようです。そして、中年クライシス、人生の中頃に自分の人生を問い直さずにはいられなくなる深刻な状況のことですが、自分の使命について、社会について、夫婦関係について…あらゆることに疑問を持ち立ち止まってしまう、そんな思秋期に陥ったときに感じやすいです。
食べ過ぎる傾向については、あれもこれも食べたくなって決められないのかもしれないし、満たされない自分に愛やお金や欲望の代わりになる食べ物を取り入れてしまうのかもしれません。生き方がわからないということは、様々な場面で私たちに影響を与えてしまうものなのですね。
「フラワーエッセンスレパートリー」 p.421に、いつくもの関連項目が書かれています。鬱状態と絶望、落ち着かない、葛藤、気が散る、決断力、探す、自己実現、仕事とキャリアゴール、思春期、実現、自由、集中力と焦点、真剣さ、人生の方向、選択、創造性、男性意識、逃避、身動きができない、明晰さ、優柔不断、欲求  ハッとさせられたキーワードはありませんか?

親と子とニーズ
今までに、親のチコリーやバインの態度で、子どもがラーチやセントーリーになりがち、という例がよく出てきましたが、ワイルドオートになる可能性もあるようです。
「バッチの花療法」 p.260に、典型的なワイルドオートのタイプの子どもは、不良の仲間や何かの集団に入ることはめったにありません。彼らは、どこにも属さず、どこに行っても受け入れられていません。ワイルドオートの状態の人の子ども時代を探っていくと、子どもが自分で何かを決めることを許さず、本人の人格形成を阻んでしまう威圧的な両親の姿が浮かんでくる場合があります。と記されていました。
ワイルドオートの人はウサギとカメでいうとウサギのような人かもしれません。能力があり、できる人。こんな子どもに親は期待をしてしまいがちですね。そしてよかれと思ってレールを敷いてしまいがちです。子どももあまり苦労せずにぴょんぴょんと跳んで進んでいけるようですが、あと3割くらいのところで急に気持ちが冷めてしまうような傾向もあるように思います。
これは先ほど7割であきらめてしまうということにも関連しているかもしれませんが、「やればできる!」と思ったり言われたりする状態に自分を置くことで、やって失敗することや終わってしまう状況を回避しているとも考えられます。やらないでいることで、やれる自分で居続けたい心理とでもいいましょうか。
これと似ている状態について、「心を癒す花の療法」 p.171に、このタイプの人々は、病気になるとよくなるための刺激がなく、回復に向けて努力することがほとんどありませんでした。回復への願いが欠けていることが、実は回復を妨げているのです。
とあります。治ってしまうのが嫌で病気を手放せないのではないかと思ってしまうほどです。
これは、治りたいという欲求(needs)がないとも考えられます。
周りに遠慮し、自分の欲求(needs)を後回しにすると言われているセントーリーは、実は自分のneedsがわかっていないのかもしれません。それと似ていて、理路整然と状況を話せ、器用に色々なことができるワイルドオートも、「ではどうしたいの?」という問いかけに、答えることができません。自分のneedsがわかっていないようです。
 
「バッチの著作集」の中の「汝自身を解放せよ」第六章には、誰もが自分の生きる目的をはっきり理解し、その目的に応えていく必要があるということが書かれています。もっとも欲しい結果(ゴール)を明確にし、ゴールに向かうことを助ける``コーチング``では、そもそも目的がないと困ってしまいます。
「植物のかたちとはたらき」p.178 には、目標を達成する確固たる決意に欠け、やり遂げようとする意志を持ち続けることがせきません。「彼らには強い衝動がない」とバッチは述べています。とあります。
目的がないと欲望も湧かず、そこに向かう衝動も生まれませんね。

感情がわかりにくい人は感情に蓋をして抑圧するか、違う表現や出し方をしてしまいがちですから、まずは感情に向き合い、そうすることで次第に自分のneedsがわかっていけるといいですね。レメディによる玉ねぎの皮むきが進むと、本当のneedsにたどり着けるのかもしれません。
「やらないでできる子」で居続けると、失敗もしませんが、先へ進んでゆくこともできません。私たちはこの世に、様々な体験をして、たくさんの感情を味わうために生まれてきたのですから、じっとしていてはもったいないです。

好きなことはたくさんあるけれど、「これ!」というものがわからない人や、どの子ともうまくいっているけれど誰とも付き合っていない、形だけグループに属そうとしている思春期のあの雰囲気。これは湿った土の日陰にひっそりと身を隠しながら、背だけ伸ばしてゆらゆらと自分の道を探しているワイルドオートのジェスチャーと重なります。

レメディを考えること
とても立派な素敵な舟があって、しっかり者の船長は舵取りもうまい。航行も順調なのに、どこの港に着いていいのかわからないのです。
ワイルドオートは特別のことではなく誰にでもあることです。
ワイルドオートに限らず私たちは、とても難しく考えて、たくさんの言葉でそれを言い表そうとしてしまいます。目の前にある見えるもの、見えないものを言葉に表そうとしても、あるひとつの方向から見て切り取って他と比較して言葉を当てはめたにすぎません。そして本質を理解するどころか、言葉によって作られたものは言葉では理解できなくなっているのです。言葉にした途端、真理は揺らいでしまいます。
コンサルテーションをするために、様々なとらえかたや、切り口、例え、経験、表現の引き出しは持っていたいものですが、時代や事象が変わっても感情は変わらないように、38種類のレメディが存在していること、それを飲んで感じる生の感覚を大切にしたいですね。

最後に「バッチの著作集」p.141の文章を紹介します。
人生で一番魅力を感じ、夢中になれることを一つ見つけてそれを実行してください。そうすることが呼吸と同じぐらい自然になるように、また蜜蜂が蜜を集め、木々が古い葉を落として春に新芽を出すのと同じぐらい自然になるように、自分の一部にしてください。自然をよく観察すること、鳥や木や花やあらゆる生き物がそれぞれ明確な役割を果たしているのがわかります。自分の仕事をすることで宇宙全体を豊かにするように助けているのです。

私たちが自分の置かれた枝で、その役割を果たすことは何も難しいことではなさそうです。私たちのまわりの生き物たちが平然と行っていることです。そしてそれはユニティ以外のなにものでもありません。
気負わず力を抜いて、ワイルドオートの穂が風に揺れるように、ふんわりとやっていきませんか?

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bachmania38

Author:bachmania38
東海地区バッチフラワーレメディのプラクティショナーのコミュニティー「BFRP東海」のちょっとマニアックなブログです。

バッチフラワーレメディやレメディの開発者であるバッチ博士の哲学の研究や研修の報告をはじめ、レメディのもとである植物の詳しい観察記録などを綴っていきます。

公式ブログ「バッチフラワー東海だより」のきょうだいブログです。

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