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第37回 レメディ研究部活動報告 ロックウォーター

ロックウォーター

ロックウォーターイギリスは4つの国で構成された連合国です。それぞれに文化的、歴史的特徴を持ち、ケルトの文化が特に色濃く残る国もあるようです。バッチ博士はロックウォーターをつくるためイギリスのウェールズを訪れましたが、汲みだした場所ははっきりわからないのです。でも、ウェールズの水であったからこそ、バッチ博士と共鳴してこのレメディが誕生したのではないでしょうか。
38種類のレメディの中で、ただ1種類、植物以外で作られたレメディです。


山道を走っているとき、道の脇に看板とともに湧き水を汲む人の姿を見かけたことがあります。町の共同の水場で湧き水を使って野菜を洗う姿や、神社のいわれのある水も、日本では珍しくありません。その土地の、体に馴染んだ水や霊験あらたかな水を飲むのはごく自然なことだと思います。太陽や月(満月や新月)の光を当てた水を使う方もみえます。「水は答えを知っている」の著者、江本勝氏は「水は心の鏡」だと書いてみえます。光だけでなく、人の想念、場の記憶など、水は様々なものをその身に写します。ロックウォーターは、力のある自然の湧き水を汲み太陽の光を当てますが、地下の暗闇の中で鉱物的な記憶を身につけ、湧き出でて初めて出遭った光をその内に宿しているのですね。

私たちは蛇口をひねると出てくる水を当然のように使っていますが、
「植物のかたちとはたらき」p.163 海から蒸発した水が再び陸に落ちてくるように、塩水と真水の間の活動は、地球の生命プロセスに不可欠です。…生物圏の内外を移動する水の循環…あらゆる段階で、血液や植物の根の中に、また川や雨の中に混じっています。を読んで、この循環の中に自分も入っているのだとしみじみ思いました。

人の誕生と死にも水は関係しています。赤ちゃんは羊水に守られて大きくなり、羊水とともに生まれてきます。宗教によっては洗礼という儀式があります。病気の末期には肺や腹に水がたまることがあります。お葬式では死の汚れを清めたり、死者ののどの渇きを癒したりする意味で、末期(まつご)の水をとらせます。生きているときは常に循環している水は、亡くなると体内で滞ります。
全宇宙で水はただ一つのものであり、どこにあっても水としての繋がりを持ちます。水があるところにしか生命はいないです。では、命も…繋がりを持ったただ一つのもの…?

「花と錬金術」p.114に、水は自分の姿かたちを自在に変えることができます。…柔軟性が見られます。…循環するサイクルの中で様々に姿かたちを変え続けています。…気体になったり個体になったりする姿も見られます。しかし、水は水としての本質を変えません。流転する中で、決して変わらない本質を有しているところに、水の水らしさがあると言えるのかもしれません。とあります。

そこにロックウォーターの人との関係性が見えて来そうです。

厳格な父親
・「自分がやるようにすれば、みんな幸せになれる」と、淡々と態度で示し続けた聖人のような父親は、もともと責任感が強く能力も高いところに、家督を継ぐという役割が重なってできたロックウォーターだったと思います。チコリーの質があったため愛情は深く、これ以上ないぐらい包み込むように愛し育ててくれましたが、父自身は暗闇の中で鉱物的なものを写して、光も柔らかさも楽しさも知らないかのような人でした。
・ウォーターバイオレットの質を持っていたからか、冷たいと感じるぐらい無口で、家族とほとんど関わりを持とうとしない父ですが、物事はいつもきちんと整理され、生活時間もぴったり決まっていて、目標にしたい尊敬できる人です。
・自分に厳しく、生活や介護の仕方に決まったルーティーンがあり、家族にもそれをさせようとする父で、右膝に痛みがあります。
・人生は楽しい!なんて考えはないような父の口癖は…忍耐 働かざる者食うべからず 人生は重荷を背負って坂道を登るが如し です。庭木の剪定も少し高さが違ってもだめ、仕事の資料もきちんと整理しないと気が済まない。体を悪くしてからも、「自分の足で歩かなければならない」と訓練を欠かしません。ご飯も全員そろわないと食べないようなロックウォーターの家系です。私自身も、楽しみで始めた趣味がいつしか「やらねばならぬ」になってしまうし、「植物のかたちとはたらき」p.166にあるように、あらゆる物事を深刻に捉えすぎると思います。肩が凝ったときにロックウォーターを飲むと、和らぎます。

大正~昭和初めに生まれた世代の父親は地震、雷、火事、親父と言われるように、厳格なロックウォーター的な方が多いのかもしれません。父親に限ったものではありませんし、ムードとして現れると言ったらよいのでしょうか普段はだらしなくても、スイッチが入ったように集中して妥協を許さないロックウォーターもあるようです。完璧主義が発動するポイントがあったり、自分なりのルールを持っていたりと、部分的なロックウォーターもあるのですね。
鉱物は1種類ではありません。暗闇の中でたくさんの種類の鉱物の質を写しているから、湧き出でて太陽の光を受けたこのレメディは、微妙に違いのあるどのロックウォーターの人にも合うのでしょうか。

おもしろいことに、遊びを全く知らない方がみえる一方、仕事仲間との飲み会の場面では別人のようだとか、お酒を飲むと人が変わったように饒舌になったり、タバコも嗜み、外ではカラオケもするという方もいらっしゃるのです。
「花と錬金術」p.115に、自分の染まりやすさを知るがゆえに、自分に厳しくなる必要があるのかもしれません。
と記されています。そういうこともあるかもしれませんね。
また、「完璧でありたい」という思いが、特定の役割や行動に強く表れているとも考えられます。
例えば公務員、親、人(として)というような役割がなかったら、果たしてロックウォーターになり得るのでしょうか?ロックウォーター的な振る舞いをする赤ちゃんは、いるのでしょうか?
「植物のかたちとはたらき」p.165に、バッチはロックウォーターについて、「素晴らしい心の平和と理解をもたらします。…『行動する』のではなく、ただそこに『存在する』つまり自分自身が大いなる存在の表れであることを、はっきり理解させてくれます。とあります。
水が水であることに変わりはないように、自分は自分であり、ただ在る。水が姿かたちを変えるように、生きていく上での役割を果たしながらも、自分は自分であり、ただ在る。でもこれはなんと難しいことでしょう。

わかりにくいとき
役割を完璧に全うしたい、失敗するなんてみっともないという思いを秘め、黙って飲まず食わずで頑張る人は、ロックウォーター的ですが、重圧に押しつぶされそうなところをなんとか踏ん張ろうとするぎりぎりのエルムかもしれません。フリーハンドより定規を使って作図した方がきちんとできて気持ちがいいのは、クラブアップルかもしれません。物の位置がまっすぐでないことが気になるときや、重箱の隅をつつくようなとき、できなかったときに気持ち悪いと感じる場合はクラブアップルを選び、「~ねばならない」と思って行動がルーティーンになっているときはロックウォーターというように、判断するとよいでしょうか。
そのほかにも、強い意志をもって努力する場合に、それを(自分自身に求める)ロックウォーター、(人を説得する)バーベイン、(限界を超えても)オークという区別、自分を否定し抑圧してしまう場合も(理想を果たせない自分に)ロックウォーター、(自分の行いが許せない)パイン、(自分の存在や容姿に)クラブアップルという区別を意識すると良いですね。参考:「バッチフラワー*BOOK」


信念
信念を持ち、自分を律して人々の手本となるように生きることができるのは素晴らしいことです。でも、ロックウォーターがマイナスに傾くと、柔軟さがなくなり、自らを自らの固定観念で縛り付けて身動きできなくさせます。癌に侵された方のあまりに強い固定観念に、その方を思う人の数々の言葉が阻まれてしまうのが悲しいです。
信念、理想、価値観、観念…は、あるものを他と区別し善悪の判断を加えて、人間が考え出し言葉にしたものです。それは魂にとって喜ばしいことかどうかはわからないものです。成長の糧にもなり得るけれど、あまりに禁欲的であると、それは生きることから遠ざかっているようにも見えます。「植物のかたちとはたらき」p.163にあるように、すべては人々の捉え方によって決まるのです。ロックウォーターで救われることもあり、苦しむこともあるのです。


水は柔軟です。姿かたちを変えながら流れ続け、循環しています。「花と錬金術」p.115にも 流れ続ける中で、水は自らの純粋性を保ち続けることができるのです。…水は純粋さを維持しながら流れ続ける中で、まわりの存在に恵みを与えている存在でもあります。とあるように、自分の信念を持ちながらもそれに固執することなく、流れる人生に身をゆだね、自分らしく在ることで、人々のためになれたらどんなに素敵でしょう。

バッチ博士は、「人生のいちばんの教えは、自由を学ぶことです。状況、環境から、また何よりも自分自身から自由になること。自分を自由にしてこそ人に十分に与え奉仕することができるのです。」と言っています。

肉体を持って生まれてきたことがまさに不自由の始まりなのに、自由を学ぶことが人生だなんて。わざわざ不自由な肉体をまとって生まれ出でて、生きる中で分厚く着込んできたタマネギの皮を、また一枚一枚剥がしてゆくなんて、なんて無駄なことだろうと思いませんか?
でも、歩いてきた道を逆にたどるときに景色が違って見えるように、克服していくそのプロセスは常に新しいものなのです。ただ逆回ししているだけでは決してないのです。不自由を体験して、初めて自由の意味がわかるのだとすれば、肉体という器、枠組みは必要なのかもしれません。肉体がなければ体験できないことを、私たちは体験しているのでしょう。それがわかっていたら、またこの人生を歩み続けようと思えます。

植物のような写真のないロックウォーター。皆さんそれぞれに、自分だけの石清水をイメージしてみてください。
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bachmania38

Author:bachmania38
東海地区バッチフラワーレメディのプラクティショナーのコミュニティー「BFRP東海」のちょっとマニアックなブログです。

バッチフラワーレメディやレメディの開発者であるバッチ博士の哲学の研究や研修の報告をはじめ、レメディのもとである植物の詳しい観察記録などを綴っていきます。

公式ブログ「バッチフラワー東海だより」のきょうだいブログです。

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