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第35回レメディ研究部 活動報告 オーク 

オーク
オーク1葉を落とし硬い冬芽がびっしりとついたオークの枝は、ずっと変わらぬ姿のまま数ヶ月時が止まってしまったようでした。しかし今、オークは目覚め、これから驚くような速さで葉と花を開き、夏にかけて何十㎝も枝を伸ばすのです。オークのレメディについて語り合い、学び合うこの間にもオークは刻々と姿を変えているのだろうなあと思うと、居ても立ってもいられない気持ちになります。

先回のゴース(のレメディの特徴)との違いは、慢性的な問題に対して「望みがない」とあきらめてしまうのがゴースで、反対に「困難でも奮闘し続ける」のがオークです。
オークの(感情がマイナスに傾いた)人に聞いてみました。

オークの人々
頑張ることがなぜ悪いの?これが当たり前でしょ?私オークですが何か文句がありますか?
辛抱強くへこたれずあきらめない立派な自分を、ネガティブなオークだからバランスをとりたいと思う人は少ないですね。自分がしてあげられることをもっと探して、頑張る状況をわざわざ引き寄せて喜々としているようです。頑張っている自分が好きで、周りの人も、少々頑張りすぎではないかと思いつつもつい頼りにしてしまっているようですね。人が何人も入れるほどの空洞を幹に持ちながら、1000年に近い樹齢を生きてたくさんのドングリを実らせているオークの姿は、限界を超えて尚頑張り続けて倒れる寸前の人そっくりです。
問題は、どこにあるのでしょうか。
「バッチのフラワーレメディ 植物のかたちとはたらき」p.149に 自分の忍耐強さを確かめられる責任を探し、それによって本当の問題である魂の学びに直面することを避けているのです。頼りがいのある人として、助けを必要とする人を引き寄せ、その人の重荷を喜んで引き受けます。とあります。
オークを自覚された方が、「人のカルマまで引き受けてしまうようなことをしてしまっていた」と話されましたが、まさにこのことですね。なんなくやってしまう能力があるからこそ、そんな自分を意識して子育てや介護や教育の場面で相手の育つ芽を摘んだり、力をそいだりすることがないようにしたいものです。
命に関わる大病を繰り返しているのに、それをおくびにも出さず、まだまだできると頑張り続けている方もいらっしゃいますね。自分に限界をもうけることは、怠けたりサボったりするのと同じだと考えていて、自分自身や家族に行き過ぎを止めようとするサインが出ているのに、どうしても気づかない方もいらっしゃいます。
「ヒーリングハーブス」p.72に いつやめるべきなのか、そしてどのようにやめたらいいのかを知らない…弱さを見せることを嫌う… とあります。
間違って放たれた矢は、地面に落ちるまで飛び続けるしかないのでしょうか。

オークを知る
「自分自身が無知であることを知っている人間は、自分自身が無知であることを知らない人間より賢い」とソクラテスは言いました。また、仏教の言葉で無明(無知とほぼ同義)というものがありますが、それは真理(光明)があるということを知らず、何も見えない闇の中にいる状態です。無明(無知)であるために思い悩み、煩悩が生じ、煩悩があるが故に苦しみが生じるとされます。このような苦しみに、真理と智慧の光(光明)を当てることで、苦しみは消滅するとされています。バッチの「汝自身を癒せ」にも 「無知」とは、学ぼうとしないこと、機会が与えられているのに、「真実」を見ることを拒否することです。そのゆきつく先は、闇の中にしか存在し得ないような、そして「真実」と「知識」の光があたりに溢れているときには起こり得ないような、多くの誤った行為です。とあります。
つまり、大切なことは自分がオークであることを知っていることなのではないでしょうか。
有能であるがゆえになんとかできてしまう自分がオークであることを知るきっかけは、次のように現れることが多いようです。体が思うように動かない、事故に遭う、警察に停められる、家族が病気になる、足が動かなくなる、体がこわばって深い呼吸ができない、朝起きたときから体が緊張している、首肩背中が痛む…
小さな不調も慣れてしまうと意識できなくなります。日頃から体の声を聞くように、自分の体と対話してみるとよいですね。そして、体に現れたことの中から本当の問題を見つけ出せるようになりたいですね。

時代的、文化的オーク
個人的なオークを見てきましたが、時代や文化に根ざす気質でもあるように思います。高度経済成長を支えてきた戦士達は、自分を捨てて働くことは当たり前、価値のあることだと信じて疑わなかったと思います。「24時間働けますか?!」というCMを覚えていらっしゃる方も多いと思います。今は働き方改革で、残業も思うようにできません。24時間なんてブラック以外の何ものでもないでしょう。
親の介護は家庭で行うのが当たり前、外部の力を借りて楽をしようだなんてもってのほか、というような観念をはじめとして、滅私奉公、辛抱・我慢は美徳…ある時代、ある文化の中で尊ばれたオークの気質ですが、
「植物のかたちとはたらき」p.147には 本当の問題を覆い隠す一つの方法と言えます。ある種の抑圧であり、現実に向き合おうとしていない状態です。とあります。これは、限界を超えた頑張りに対して、なんとも悲しいことですね。でも時代の観念から抜け出すのはとても大変という方がたくさんいらっしゃいます。自分のためにはオークになれないけれど、病気がちな子どものために、母親としての役割を果たそうとした時の自分はオークだったというお話もうかがいました。
「バッチの花療法」p.174 に、オークは仕事を義務とみなしている。エルムは仕事を使命と受け止めている。とあります。
今は3G(我慢、犠牲、義務)の時代からLTE(Love,Thanks,Enjoy)の時代に変わってきているとよく言われていますが、嫁として、母として、大黒柱としての義務。そんな観念を断ち切るためにウォルナットとオークを飲んでみると、変容を助けてくれるかもしれません。

バランス
「フラワーエッセンスヒーリング」p.86に、様々なことを受け止められる「ふところの深さ」を大切にしつつも、「がんばること」と「自分を幸せにすること」のバランスをとる必要があります。と書かれています。
オーク2「魂の植物」p.115 ケルトのドルイドの木のカレンダーではオークは夏至を象徴する。…そこでは増えていく太陽年と減っていく太陽年が生死を賭して闘っていた。…様々な観点において、対立する原理の強靱な戦いがオークに表現されている。と記されています。
そのほかにも、天と地を結びつける樹木という見方、葉の形に見られる収縮と拡張、男性的な木の堅固さと女性的な小さな小さな雌花。正反対の二極の間に位置するオークは、バランスが大切であることも教えてくれているようです。オークのレメディが、雌花だけで作られる意味はここら辺りにあるのかもしれませんね。自らが朽ちても尚闘い続ける男性的な火星的な部分と、小さな雌花がドングリへと実を結び命をつなげていく女性的な金星的な部分、両方あるからこそ完璧なオークなのでしょう。

オーク3 理解力
「植物のかたちとはたらき」p.153 このレメディを摂った人は、力が湧き決断力が増すのではありません。理解力が増し、直面している慢性的な人生の問題を捉え直せるようになります。そして、成長するための新しい方法を理解し始めるのです。とあります。
根性とやる気で頑張っている自分のオークを冷静に知的に理解することや、
限界を超えた努力が魂の導きから来ている行動なのかどうかを理解することや、始まりは愛からだったのに、習慣的に繰り返すことによって忍耐そのものが目的に変わってしまったことを理解することも…
理解することは、目の前のことだけに集中してしまわずに、より長い時間の枠組みから全体像を見つめる能力でもあります。自分にとって何が一番大切かを考え、今の生活や仕事の原点を思い出し、自分自身についてより深く理解できるように助けてくれるエッセンス、それがオークなのです。「フラワーエッセンスヒーリング」p.85

オークの木の前で
植物観察会の時には毎回、オークの木の前で長い時間を過ごしてしまいます。眺めたり、話し込んだり、記録したり… オークのおおらかで包み込むようなエネルギーに自然に引きつけられるのでしょうか。
「植物のかたちとはたらき」p.150には 生き物の成長パターンは「利己的な遺伝子」の表れと捉えられています。生き物のどんな特徴も、個々の種が利己的な成功率(生存と繁殖率)を高めるために発達させるものとみなされています。しかし、このような発想はオークには当てはまりません…他と対立するのでなく、むしろ自らの振る舞いを他の生き物に合わせて助けています。と記されています。これこそがオークのポジティブな姿です。
他の生き物のためにたくさんのドングリを実らせること、そのための受粉の時でさえ風任せにたっぷりの花粉を大地に落とすこと(これは生態系の生命プロセスに関係があるかもしれないとの記述もありました)、これらは命の循環の中の「与える」ということなのでしょうか。
オークがそこにいてくれるだけでいいのです。私たちも、このまま、ありのままで存在していてもいいのです。
失望されたくない、頑張り続けて認められることに自分の存在価値を見出そうとしなくてもいいのです。
できない人になるのは嫌だなんて、自分が思っているだけですよ。
オークでインパチエンスでバーベインなあなた、オークでセントーリーなあなた。
オーク4豊かさ、環境、力、すべては神の火花である私たちにははじめから備わっているのです。今のままでも、これからも変わらず完璧です。足るを知る。オークはそれを思い出させてくれるようです。

レメディ研究部では、自分のタイプや取り上げるレメディに対する得手不得手によって発言の回数がとても変化します。集団の中の自分の立ち位置でレメディに象徴されるタイプが変わってくることもあるでしょう。家族や様々なグループがうまく循環していくとき、そこには人がそれぞれオークやセントーリーやインパチエンス…自分をちゃんと意識しながら、まるでレメディのように存在し、与え、与えられ、引っ張り、後押しし、話し、聞き…生態系がうまく機能した花畑のようであると感じます。BFRP東海の花畑は毎回美しく、常に変化し、循環しているところが素晴らしくて、ありがたいです。
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bachmania38

Author:bachmania38
東海地区バッチフラワーレメディのプラクティショナーのコミュニティー「BFRP東海」のちょっとマニアックなブログです。

バッチフラワーレメディやレメディの開発者であるバッチ博士の哲学の研究や研修の報告をはじめ、レメディのもとである植物の詳しい観察記録などを綴っていきます。

公式ブログ「バッチフラワー東海だより」のきょうだいブログです。

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