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第26回レメディ研究部 活動報告 チコリー

チコリー

梅雨のじめじめした曇り空の下、青空のかけらのようなチコリーの花が毎日咲き続けています。花を眺めることができる時期にその植物のお話ができるなんて、なんとも素敵なタイミングです。
チコリー1
チコリーのマイナスの状態
小さな子やペットがチコリー(のマイナスの状態)の時、その行動はとてもストレートで可愛らしさを感じます。後追い、甘え、好きなものを離さない…しかし、大人(親)がチコリーの場合は無意識の支配欲に恐ろしささえ感じます。「遠くの人と結婚してはいけないよ。」「この家のためにはお婿さんをもらうべきだよ。」「こんなに大切に育てているのに…」「お母さんのいうことを聞いていれば間違いはありませんよ。」「お前を大切に思っているのはいったい誰だと思っているんだ?」繰り返し語られる言葉は刷り込まれ、いつしか当然のように感じてしまうものです。

「バッチのフラワーレメディ植物のかたちとはたらき」p.99に、母親(親植物)の真下に種子を落とし、チコリーは家族をすぐ近くにとどめておくのです。とありますが、三代に渡って、おまけにペットまでチコリーの性質を持つことは、珍しいことではないようです。p.98にはチコリーの子どものいる家庭には、おそらく振る舞いを学んだチコリーの両親(もしくは祖父母)がいるでしょう。…巧みに他者を操作するパターンは、代々(植物においては毎年)引き継がれ、その結果、このような人は縛り合う人間関係のドラマを延々と繰り返すことになります。と書かれています。

愛する人に献身的に接し、心配し世話を焼く姿はレッドチェストナットと重なります。チコリーとレッドチェストナットは、子育て中のレメディとしてもよく出てきますが、どんな関係があるのでしょうか。
ひたすら愛する者への心配をし、不安な気持ちに苛まれるのがレッドチェストナット。愛する者に過度の世話を焼き、自分の思い通りにさせたいという支配欲や自分のそばに置いておきたいという独占欲が見え隠れするのがチコリー。一人の人の中で、両方が混在していることも当然ありますから、区別がつきにくいこともありますね。
チコリーがその人のキャラクターであったとして、マイナスな状態が更に進むとレッドチェストナット、相手を心配することで無意識に自分の態度を正当化…自分自身から逃避してしまう(自己疎外)に移行し、さらに最終的な段階として現実逃避であるハニーサックルへと移行するという考え方もあるようです。

家族の中で何か問題が起こったとき、先頭に立って問題を解決していらした方は、あるとき「他人の問題を私がなんとかしてしまうことは、本人のためにならないのだ」と思われて、見放す、いえ、見守るスタンスをとられたそうです。そんな時にとられたレメディはレッドチェストナット、チコリー、バーベインだったとうかがいました。ご自分に一番必要な組み合わせを見つけることができたらいいですね。

根が象徴していること
家族の問題は、時にカルマかと思われるような様相を呈しますが、「植物のかたちとはたらき」p.98には、チコリーの観察を結びつけると…根の部分は、過去、家族、また…業(カルマ)を象徴しています。と書かれています。

チコリー2
どの家庭にも、どの方にも自分だけの物語がありますね。
親を早くに亡くした人、仕事で忙しかったり兄弟がたくさんいたことで親にあまりかまってもらえなかった人。その人の愛を強く求める気持ちは、自分の子や出会った異性やペットなどに向かい、支配的に愛してしまいがちです。
チコリーの人に愛される人は、確かな愛の実感はありますがとても窮屈で息苦しくて…自分らしく生きられるように、反抗しその支配から逃れようとします。でも、そんな自分が子どもを大切に愛し育てたり恋人や結婚相手を全身全霊で愛する中で、自分の中にあのチコリーがあることに気づいて根深いチコリーの連鎖に愕然としてしまう。
そんな人生のタイミングでレメディと出会った人のなんと多いことか。そして、それはなんとありがたいはからいでしょうか。



「植物のかたちとはたらき」p.100には、チコリーの隠れた攻撃性という表現があります。他人の幸せを気にしすぎるというカテゴリーに属するチコリーです。必ずそこには相手の存在があり、そのほとんどが犠牲者なのです。過去に目を向けてみますと、家制度について思うことがあります。日本は家のために結婚したり、職業を選べなかったりすることは当たり前という時代が長かったですね。今でもそれに近い家はあります。
「植物のかたちとはたらき」p.97にチコリーの人は、あらゆる人の最善のことがわかるため、周囲の人の間違いを批判して正そうとします。とありますが、それはチコリーの人の介入的で侵略的な独善的愛といってもいいのではないでしょうか。その家だけに通用する観念、その家族だけの価値観がありますものね。愛情だから何が悪い!とチコリーで結束している家族、社会、はチコリーで成り立っているのだからそっとしておこうとさえ思えます。

チコリーによる影響
では距離を置いてそっとしておくことでどのようなことになるのでしょうか。
親のいうとおりの職業に就いたけれど、とうとう鬱になってしまった方がみえました。
「植物のかたちとはたらき」p.100に彼ら(チコリーの人)に操作され犠牲になっている人は、自由になるため暴挙に出るかもしれません。とありますが、病気になったり自らを傷つけてしまったりする方はとても多いようです。ここで二つの疑問が浮かんできます。

一つ目は、代々継がれる家業に就くことや、家のために結婚することは昔は当たり前でしたが、今ほど鬱や自殺がなかったのは何故かということです。
宗教にすがって、祈ることで耐えてきたのでしょうか?
今は自我の目覚めによって、魂の自由さを抑えきれなくなっているのでしょうか?
比較することで自己を知ると言いますから、家や親のいいなりにならない人が増えてきたことで当たり前ではないと気づくようになってきたのでしょうか?
選択できる自由な時代になった中で、そうできないことによる激しい葛藤が生まれるからでしょうか?

二つ目は、チコリーの影響で身体に現れる病はあるのかとうこと。
「魂の植物」p.82にはカルペッパーは「チコリーは粘液質の体液を動かし、肝臓、胆汁、脾臓の障害を取り除く」と記述している。…ホメオパシーではチコリーは、肝臓、脾臓、そして血液の浄化剤として挙げられ…植物錬金術では肝臓、脾臓、そして胃腸障害ならびに胆石の治療薬とされている。精神分析家は自分のなかにある意識されない支配欲あるいは冷酷さを認めようとせず、他者に対するごまかしの過剰な思いやりや配慮で埋め合わせようとしている…往々にして消化システムに打撃を与える。慢性的な胃腸障害…と書かれています。
チコリーの植物の薬理効果は、チコリーの持つ身体的な問題と同じなのではないかと思われます。また、消化そのものではなく、直面している問題をうまく消化できていないということなのかもしれません。
放っておいて悪化するとさらに問題が大きくなりそうですね。

家族全員がチコリーで支配し支配され、でも、誰もが求める愛は得られない。「植物のかたちとはたらき」p.97にあるように、家の人はまさに変わりやすく、細かいことにこだわり、一貫性に欠ける状態で、もう家にいられないほど苦しい思いを抱いている方もいらっしゃいます。
自分がチコリーなため、家族がばらばらになったのかもしれないと思っている方もいらっしゃいます。
人は愛し愛されたい生き物です。でも、与えている愛と求めている愛の形は同じでないことがほとんどです。与える側の最善は受け取る側の最善ではないわけです。お互い「本当の気持ちをわかってもらったことがない」というのは、そういうことを表しているのでしょうか。普段から折に触れ、自分の気持ちを伝え、相手の物語に耳を傾けていきたいものですね。そして、誰かのために何かを行うときには、それが自己愛からきていないか、利他愛であるだろうかと考えてみることも大切ですね。

愛はユニティ
「汝自身を癒やせ」の第3、4章には、自己愛はユニティに反すると記されています。すべてに対する豊かな愛は、誰をも害さない。愛は私たちの手から離れず、心から離れない。と。チコリーの場合は、相手に向けているはずの愛のベクトルは実は支配であり、自分こそが愛を求めているという内に向かうベクトルに気づいていないのでしょう。「バッチの花療法」p.88 には魂を源とし、自分の心の中に湧き出す愛情の泉によってしか、ブラックホールは埋めることができないのだということに気づかなければなりません。魂の命じることに耳を傾け、自分を捨てて、ほかの人々や大いなる全体に身を捧げれば他人の愛情を得ようとする必要はなくなり、自然と愛されるようになります。魂が発する愛の泉は渇れることがないので、自分の中の愛が引き寄せる他人の愛情も消えはしないし、得た愛情を失うのではと恐れる必要もなくなります。とあります。

心から愛されたい、息苦しいくらいの支配と求められている愛が辛い、でも相手を変えることはできない。そんな時、すべてがつながっているとしたら、自分が変わることで変化が起こるかもしれません。周りの人々に対する愛と思いやりに我を忘れるぐらいになってみることです。嬉しいけれど、これは私の求めているものではないと思い続けてきた方は、愛と感謝を込めて「もうバラの花束はいりません」「私はワインがほしいわけではないのです」と勇気を出して言ってみませんか?そして、チコリーのレメディを飲んでみましょう。

「バッチフラワーエッセンス辞典」p.46チコリーは本当の愛に気づくためのエッセンスです。病的な利己主義、感情的依存、感情による暴力的支配、脅迫、自己憐憫を緩和するので、人間関係やパートナーとの問題の改善に大変効果があります。愛情深く、しかも相手を縛らない人間関係を築けるようにするため、チコリーはカップル向けの貴重なエッセンスであり、神経症的な親子関係の改善のためにもよく使われます。とあります。

そして忘れないでいたいのは、チコリーの人は本来、内面的な強さと人を本当に愛する能力がある、ということ。
青空のかけらのような調和のとれた恵みの花を思い浮かべ、内からわき出る愛に満たされましょう。

次回はバーベインです。またご一緒に。
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Re: カウンセリングはありますか

Hisakoさま

こんにちは

BFRP東海のレメディ研究部の部長をさせていただいております田中美帆子と申します。


この度は、レメディ研究部の『チコリー』の記事にコメントをいただきまして、ありがとうございました。

コメントに気づくのが遅れ、返信が遅くなりまして、大変申し訳ありませんでした。


さて、早速ですが、
コメントの内容に関しまして、いくつか提案やお話をさせていただきます。


勉強会などへの参加に関しましては、「レメディ研究部」はバッチフラワーレメディを学ぶ仲間の中でも、国際教育プログラムのレベル3以上を学ばれた方、という、参加の条件がございます。

BFRP東海の他の学びの場としては、バッチフラワーレメディの生みの親であるバッチ博士が書かれた本を読む 「読書会」がございます。
病と私たちの思いや生き方について、多くのことが学べる貴重な会となっております。
「読書会」は、一般の方にもご参加いただけますので、よろしければ、ご参加もご検討ください。


カウンセリングはありますかというお問い合わせに関しましては

バッチフラワーレメディでは、コンサルテーションと言っておりますが、基本的には直接お会いして、お話を伺い、必要だと思われるレメディをご提案させていただく形をとっております。

もし可能であれば、直接お会いして、コンサルテーションをさせていただきたいと思います。

ちなみに、私は名古屋市に住んでおりますが、出張もしております。ご自宅以外でのカフェやファミリーラストランなどでさせていただいております。

遠方にお住いの場合でも、初回は、直接お会いして、コンサルテーションをさせていただく必要がありますが、2回目以降はメールやお電話などでの対応させていただくことは可能です。

Hisakoさまの、お住まいはどちらでしょうか。

もし、お住いの近くで、安心して継続してコンサルテーションをされたいというご希望でしたら、豊田、岡崎、岐阜、春日井、岐阜在住のプラクティショナーもおりますので、ご紹介することもできます。


以上でございますが

いただいたコメントのお返事になっておりますでしょうか。


BFRP東海のホームページ、公式ブログに「読書会」などの詳しい情報がございますので、ぜひご覧くださいませ。

公式ブログ 東海だより  http://bfrptoukai.blog.fc2.com

公式ホームページ  https://bachflower-bfrptokai.jimdo.com/

また、私田中のホームページもご覧くださいませ。  https://angel-lamp.jimdo.com/

コメント欄での連絡は煩雑になりますので、今後の連絡は
私田中美帆子が窓口となり、Hisakoさまと連絡を取ってまいります

bach38tokai@yahoo.co.jp (BFRP東海 お問い合わせ先)までご連絡いただきますようお願い申し上げます。

よろしくお願いいたします。

田中 美帆子

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プロフィール

bachmania38

Author:bachmania38
東海地区バッチフラワーレメディのプラクティショナーのコミュニティー「BFRP東海」のちょっとマニアックなブログです。

バッチフラワーレメディやレメディの開発者であるバッチ博士の哲学の研究や研修の報告をはじめ、レメディのもとである植物の詳しい観察記録などを綴っていきます。

公式ブログ「バッチフラワー東海だより」のきょうだいブログです。

BFRP東海の公式ブログはこちら⇒
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