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第24回レメディ研究部活動報告 ミムラス

ミムラス
一雨ごとに緑が濃くなってゆきます。 ミムラスも伸びゆく季節 。
ミムラスは不安と恐れのカテゴリーに分類さています。
ミムラス1
水音とミムラス
ミムラスに出遭える場所には、必ずと言っていいほど水の音が響いているそうです。澄んだ水が勢いよく流れるところで生育するミムラスと水音には、どのような関係があるのでしょうか。
ミムラスを必要とする人は神経質で音に敏感なことが多いですね。小さな物音に驚き恐れを感じたり、音に好き嫌いがあったり、音によって体調が変化したりします。
音には、聞こえる音から聞こえない振動の範囲までその領域には幅があります。水というのは波動を写すといいますから、水音の響きはミムラスに、そしてミムラスから私たちに伝わるものがあるはずだと思うことは自然なことかもしれません。ミムラスが水音響く場所で生きていくように、ミムラスを必要とする人は、音を恐れるような状況の中から、何かを学び取っていく必要性があるのでしょうね。
「ヒーリングハーブス」p.160-9には、輝くクリスタルのような流れの側では、喜びあふれる人生のメロディーを奏で続ける水の音が聞こえ、何の恐れも存在しません。とあります。
水に清らかさや浄化の力を思えば、水音は私たちに「魂は喜びと幸せしか知らない」ということを思い起こさせてくれるとも考えられます。また、私たちがそれぞれの生命の枝に配置された意味を音(=波動=魂の声)から受け取っているとも考えられるかもしれません。敏感に音を受け取ることは大事なことに思えます。

共感と思いやり
不安と恐れを抱くミムラス(のネガティブな状態)は、その人自身の中で解決していく課題であるように思いますが、「植物のかたちとはたらき」p.53-34には
ミムラスの人の重要な学び、すなわちバッチの捉えた魂の教訓とは…他者に共感し、同情を寄せることを学んでいる…自らの境遇を通じて、理解すべき優しさや思いやりを与えられているからです。とあります。
「バッチの花療法」p.162-9には
恐れを乗り越えて成長することができ、持ち前のユーモアのセンスを発揮して、同じように何かを恐れている人に人間的な思いやりを示すことができる。と記されています。
自分の中の恐れと闘って乗り越えた先で、もともと自分に与えられていた優しさと思いやりに気づくことができる。それを使って生きていきなさい。ということなのでしょうね。

ミムラスタイプ
環境が変わることになじめない。変化に適応しにくい。初めてのことができない。この世は恐いことばかり。
平気にできる人がとてもうらやましく感じるくらい、ミムラス(のネガティブ)なタイプの人は生きにくさを
感じています。
「フラワーエッセンスレパートリー」p.407-5には
このエッセンスを必要とするタイプはあまりに繊細で、日常の出来事や仕事に対するたくさんの恐れの中に住んでいる。と書かれていますが、本当にそんな感じです。
でも、恐いからと安心できる場所に身を置くだけでいいのでしょうか。
「汝自身を癒せ」第四章には、人生の中に飛び込むことを怖がらないようにしましょう。私たちがこの世にいるのは、経験と知識を得るためです。と書かれています。
勇気を出してやってみると、それはもう初めてではなくなります。未知への恐怖は消えて、また一つ経験を得る
ことができますね。
それでもいろいろなことが恐いとき、すべてにおいてミムラスのレメディを選べばよいのか?との疑問が頭をもたげてくることもあります。そんなときは自分の中で語彙を膨らませてみましょう。
こんなことが心配だ、これが不安だ、パニック寸前だ、本当にできるのか、できなかったらどうしよう…その恐さが何に起因しているかも併せて見つめて言葉にしてみると、ラーチ、エルム、ロックローズなどのレメディが浮かんでくるかもしれませんね。
「おなかがすいたら畑からレタスを摘んできて、いただく」ように、実際にその時々で気軽にレメディを飲んでみて、感情に問いかけたらよいかもしれません。

それにしても、なぜ私たちはこんなにも恐れを感じてしまうのでしょうか。
「バッチの花療法」p.160-10には
ミムラスのタイプが恐怖心を抱くのは、赤ちゃんが生まれてきたときに感じるこの世に対する恐れ、つまり肉体を持って生きることに対する恐れという恐怖の元型が、ずっと残っているためではないかと考えています。
とあります。
お子さんが極端に恐がりであったり、それを隠して暴力的であったりすることの理由がここにあるかもしれないと思い当たると、涙がこぼれます。私にも、あなたにも、あの人にも。そんな過去の感情が今も残っているかもしれません。
肉体を持ってこの世に生きることに対する恐れ…具体的な恐れには病気、お金、人からの評価、仕事の成功というものが挙げられますが、そのほとんどが物質世界の物事だということにハッとさせられます。でも続けてP.162-5 大いなる全体に目を向ければ、この世の不安を克服することができるのです。という記述を読むとホッとします。「汝自身を癒せ」第七章にも、恐れは実のところ、人間界には本来存在する余地のないものです。なぜなら内なる神性、すなわち自分自身は、不屈で永遠の存在だからです。そのことを理解することさえできれば、神の子として、人間に恐れるものは何もなくなるのです。…私たちの「魂」は喜びと幸せしか知らないとあります。

知性・受容・信頼
恐くてつらいことばかりのようなミムラスですが、バランスが整うと繊細さと勇気を持ち合わせた本来の強さが現れてきます。
ミムラスの花の色、黄色は知性の色と言われています。恐怖を感じる困難な事実をよく見て、その事実を客観的にとらえ、どう行動すればよいか考えてみるのです。恐いと感じているその感情から思考に移行できれば、それを回避することができるはずです。
ミムラスは無謀?勇敢?にも、非常に細かな種子を水中に落とします。そのジェスチャーからは、未来を担う種子が最終的には危険から救われることを知っている、生命を信頼しているということがうかがわれます。
恐れは信頼によって一掃される のです。勇気とは、恐れがないことを言うのではありません。恐れに直面したとき、明晰に行動できる力が勇気なのです。したがってミムラスは、私たちが知性を役立てられるように促します。「植物のかたちとはたらき」p.54-17

とても救われたような気持ちになりますね。「バッチフラワーエッセンス辞典」p.108-5 にも、恐れている対象を別の光の下で見直し、より開かれた態度で受け入れ、人生に全幅の信頼を寄せる とあります。
起こってきたことを悔やむのではなく、目の前の恐怖に立ちすくむのではなく、より強くなるためにそれをどう克服していくのか。大いなる全体を感じ、感謝の思いと人生に対する根源的信頼を持ってそのプロセスを味わいながら歩んでいきたいですね。
ご存じですか?「ある無名兵士の詩」

大きなことを成し遂げるために強さを与えてほしいと神に求めたのに
謙遜を学ぶように弱さを授かった。
偉大なことができるようにと健康を求めたのに
よりよきことをするようにと病気を賜った。
幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるようにと貧困を授かった。
世の人々の称賛を得ようとして力と成功を求めたのに
得意にならないようにと失敗を授かった
求めたものは一つとして与えられなかったが願いはすべて聞き届けられた
私はもっとも豊かに祝福されたのだ。

ミムラス(のネガティブなタイプ)を授かったのは、何を学ぶためなのか…ご一緒に考えてみましょう。

ミムラス2
「フラワーエッセンスヒーリング」p.37-6~
生活の中での具体的な恐れの体験は、その恐れにどう対応するかを、私たちに訓練してくれるものでもあります。恐れによって自滅してしまうのではなく、自分の置かれた環境の中で、どのようにして現実的に生きがいを見いだせるかを深く教え込む体験となるのです。…「真の自己を生きる」という神聖な使命からそれてしまった私たち。自分らしく生きるためには、自分の選んだ親や環境を受容しなくては始まりません。自分を一時的に傷つけるかもしれない水の流れから顔をそむけるのではなく、ここが自分の居場所と原を据えて運命を信じることで、思いがけない新境地が開かれることもあるのです。

恐いものはたくさんあるけれど、黄色い光の中で喜び舞うようなミムラス(タイプ)である自分が好きになれた
ような気がする、恵み多き今日の学びでした。次回はアグリモニーです。またご一緒に。
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bachmania38

Author:bachmania38
東海地区バッチフラワーレメディのプラクティショナーのコミュニティー「BFRP東海」のちょっとマニアックなブログです。

バッチフラワーレメディやレメディの開発者であるバッチ博士の哲学の研究や研修の報告をはじめ、レメディのもとである植物の詳しい観察記録などを綴っていきます。

公式ブログ「バッチフラワー東海だより」のきょうだいブログです。

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